お仁の一期一筆

第七十三筆「西郷どん」

「わかりもうした」。三百諸藩の大名の権限を取り上げて中央集権の天皇制国家に移行する廃藩置県。一藩でも抵抗すれば内乱も危惧された。山県有朋の助力要請に答えた西郷隆盛のひと言である。拍子抜けした山県がくどくど説明し始めると「もし反対する藩があれば、おいどんが成敗しもうす」と要請に同意した。

今年は戌年。明治維新から一五〇年の年でもある。国難の救世主とも言われた西郷。西南戦争で賊将となり自刃した西郷だが、明治新政府は発足当初、維新三傑の論功行賞では西郷に二〇〇〇石を授け、一八〇〇石の大久保利通、木戸孝允を凌ぐ筆頭の評価をしていた。

一八七三年(明治四)六月に西郷は、実質的な総理である参議に就任。大久保らが岩倉欧米使節団に同行し、世界一周の国造りの外遊に出掛けた後、留守居役として冒頭の廃藩置県をはじめ義務教育発布、封建的身分差撤廃、徴兵令発布、司法制度確立、太陽暦採用など徳川旧制度を近代国家制度に一挙に大改革した功労者としても知られる。

〈敬天愛人〉〈命も名誉もいらぬ〉〈子孫に美田を残さぬ〉が信条だった西郷。五〇〇両の参議月給も一度受け取っただけで、その後は「おいどんには不要ごわす」と受け取りを拒み続けるなど〝無私の人〟でもあった。

あの福沢諭吉も「西郷は真の民主主義者」と高く評価し、西南戦争で敗北した後も西郷を一貫して擁護し、最後まで支持した。NHKの大河ドラマ『西郷どん』に興味があれば、こうした視点も参考にしてほしい。

第七十四筆「両替商の真贋教育」

本物と贋物。見分けるのが難しい時代となった。江戸時代の両替商が採り入れていた丁稚教育は興味深い。店に持ち込まれる小判には贋物もある。奉公の三年間は、丁稚に本物の小判だけを触らせる。そうすると贋物の小判が混じっても、パッと判るようになるという。

本物と贋物の小判を交互に触っていた丁稚は、死ぬまで真贋の区別がつかない生涯を送るとも。常に本物に接していると贋物が判るという教訓である。美術工芸品しかり、情報しかり…そして、人物しかりである。

なかでも最近クローズアップされているのが、虚偽の情報でつくられたニュース。一昨年の米国大統領選挙では、「ローマ法王がトランプ支持を表明した」「ヒラリーが過激派組織ISに武器を供与した」などの明らかに嘘のニュースが、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通して拡散、投票行動に影響を与えたとして批判されたのも記憶に新しい。

当選したトランプ大統領は、その後もツイッターで「フェイク(嘘)」という言葉を常用し、メディア批判を繰り返しているだけに、情報に対する真贋問題は、今後も世界的規模で問われ続ける大きなテーマとなろう。

危惧するのは、こうしたフェイク情報の氾濫が及ぼす活字文化への影響である。活字文化が衰退すると、深い思索や考察が減り、刹那的、衝動的な傾向に陥る。創造的な精神や自律の心も弱まり、膨大な情報量に翻弄されかねない。社会の健全性のバロメーターは、良質な真実の言論。新聞に本物の役割を期待し続けたい。

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