お仁の一期一筆

第六十五筆「ジェット桐生」

<ジェット桐生 加速…>。高度一万㍍ぐらいの上空を西から東に吹く強い大気の流れ<ジェット気流>を捩った見出しが新聞紙面に踊った。日本陸上界のみならず、日本人の夢でもあった男子一〇〇㍍の〝一〇秒の壁〟を九日、東洋大四年の桐生祥秀選手が突破、九秒九八の日本新記録を樹立した。快挙である。

桐生選手は一九九五年生まれ。滋賀県出身で、京都・洛南高三年時の二〇一三年四月に日本歴代二位(当時)の一〇秒〇一をマークしたものの、その後は重圧もあったのだろう、苦闘が続いた。

ただ、九秒台を出すには<秒速一一・六〇㍍台>の最高速度が必要とされる陸上男子一〇〇㍍世界で、現役の日本人選手では桐生選手のみがクリア。今年三月の豪州の競技会では秒速一一・七〇㍍をマークしていただけに、壁突破が期待されていた。

本人は「世界のスタートラインに立てた。(五輪の)ファイナリストという目標へ再度スタートを切りたい」と記録樹立後に語っていた。これまでに世界では、一二五人が一〇秒の壁を突破している。世界記録はウサイン・ボルト(ジャマイカ)の九秒五八。高みを目指す桐生選手に声援を送り続けたい。

それにしても人間が持っている潜在能力には驚嘆する。パラリンピックは、障がいを持つ人が単に頑張っている世界の大会ではない。人間が持つ潜在能力の奥深さを競技を通して追求し、教えてくれる。

<九月九日の九秒九八>。ジェット桐生が吹いた日。己の持つ潜在能力を考えさせられた日。忘れられない日となった。

第六十六筆「逆風満帆」

五風十雨という熟語がある。世の中が平穏無事であることのたとえで、五日ごとに風が吹き、十日ごとに雨が降れば豊作になるとの言い伝えから来ている言葉である。ただ平穏無事に事が進まないのも世の常。順風満帆ならぬ〝逆風満帆〟のような出来事が、あまりにも多いのが世の中でもある。

関東や東北を中心とした記録的な<夏の長雨>と日照不足も、その一つ。米の作況指数が<二八>となった青森県など全国的な冷害に見舞われた一九九三年が脳裏をかすめた。

九月一日は<防災の日>。関東大震災が起きた日として広く知られているが、暦では<二百十日>に当たり、本格的な台風シーズンとなる。防災の日は、戦後最大の被害が出た一九五九年の伊勢湾台風を直接のきっかけに翌年、制定された。

但し近年は、地震や台風だけではなく五十年に一度とも言われるようなゲリラ豪雨などによる大水害も頻発しており、防災の日に限らず日々、防災意識を持つ心構えが求められている。

自然災害だけではない。北朝鮮の弾道ミサイルによる脅しも憂慮される。深刻な事態に至らないことを祈るだけである。後輩からの近況メールも<順風満帆>と思いきや<逆風満帆>であった。お盆休み明けに逆風を吹かせる低気圧にでも囲まれているのだろうか。

我は<夏の長雨>で身体にカビが生えたかのように、夏風邪が治らない。今、逆風である。ただ、人間には逆風を順風に替える知恵がある。帆に様々な風を受けながらも快く進む舟。そんな舟でありたいと思う。

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