お仁の一期一筆

第五十五筆「本能優先人間」

 逮捕された男は、殺害された女児が通う小学校の保護者会の会長だった。ベトナム国籍で、千葉県松戸市に住む小学三年生の女児が殺害された事件。同県警は一四日、死体遺棄容疑で四六歳の男を逮捕した。容疑者は女児と同じ小学校に通う二人の子を持つ父親。登下校時間帯の見守り活動にも熱心だったという。

 「子供の味方」と誰もが信じていた男が一転して容疑者。事件は思わぬ展開となった。同じ小学校の児童や親が受けた衝撃の大きさは計り知れない。「誰を信じればいいの」と問われたら、言葉に窮するのは我だけだろうか。

 動物など自然界の生き物の世界は、力の論理や弱肉強食がまかり通ると言われるが、そうした生き物以上に残忍なのが人間である。戦争における残虐行為は力の論理の極限と言えよう。最初は良心の呵責もあった兵士が、上官の命令だからなどと自己を正当化するうち、良心が麻痺してしまう話はよく聞いた。最も危険な〝残忍な野獣〟が、人間の中に住んでいるのである。

 今回の事件の容疑者にも、この〝残忍な野獣〟の姿が重なる。正邪や善悪の判断がつかず、本能のままに生きる。自分の中にきちっとした善悪の基準や規範がない。本能的に行動して恥じるところがない。人間でありながら人間らしさを失った姿。悲しいものである。

 人間は人間として教育されて、初めて人間になる。人間に生まれたから人間になるのではない。人間として育てられて、初めて人間になるという。感情の抑制の効かない「本能優先人間」の増殖だけは、ご免である。

第五十六筆「育児アプリ」

 「あ~」「う~」。ベビーカーの中で携帯端末のスマートフォン(スマホ)をぎこちなく手にし、じっと画面を見つめながら時折り声を発している赤ちゃん。母親はゲームに夢中なのだろうか、指をせわしなくスマホ画面に滑らせている。

 電車内で最近よく見かける光景である。スマホを手にした乳児の姿に「子供の心の成長や視力などに影響はないのだろうか」といった心配が脳裏に浮かぶのは昔人間なのかもしれない。ただ、どうやら近頃、スマホが育児の一部を〝代行〟しているようなのである。

 スマホの「育児アプリ」を検索して驚いてしまった。「授乳がうまくいかない」「しゃっくりするが大丈夫?」「寝かしつけはどうしたらいい?」といったものから、授乳やうんちの回数が記録できたり、生後二か月からの予防接種のスケジュール管理ができるなど若い母親の育児不安を事細かにサポートする内容になっているのである。

 さらに、赤ちゃんが泣きやまないときに聞かせる泣きやみアプリやプロの声優による絵本の読み聞かせアプリ、童謡と童話を映像で楽しめるアプリなどもある。ここまでくると親の出番は、ないに等しい内容である。

 首都圏で乳幼児を育てる母親のうち育児アプリを使っているのは六割。二、三歳児の二割が毎日スマホに接しているという。ベネッセ教育総合研究所の調査結果である。親子がともにスマホに育てられている。そんな時代になったように思える。悪戦苦闘する子育てのなかで育まれる親子の絆は、どうなっていくのだろう。

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