お仁の一期一筆

第四十七筆「跋扈する獣人間」

弱い立場にある者に対して強い立場を利用してひどい扱い、むごい扱いをすることを虐待という。嫌な言葉であり、あってはならないことである。だが、虐待で幼い命が奪われる事件が後を絶たない。獣人間が跋扈する社会に我々は歩み始めたのだろうか。背筋が凍る。

先月二十七日に東京都大田区で起きた発達障害を抱える三歳の男児に対する虐待死事件。逮捕された二十歳の暴力団員は、まさに獣人間そのものだ。身長一㍍九五、体重百二〇㌔の巨漢。三歳児の二十二歳の母親のもとに先月転がり込み、三歳児がガンをつけたと言いがかりをつけ、障害を蔑む暴言を吐きながら殴ったり、踵を体に振り落とす踵落としなどの暴行を約一時間半に渡って続けたという。

男は警察の調べに対して虐待を認め、「やりたいことはやった。人生に悔いはない」と嘯いているそうだ。理性や良心の欠片は微塵もないようである。

厚生労働省によると、一昨年度に全国の児童相談所が対応した虐待件数は八万八九三一件。前年度より一万五千件余り増え、過去最高を更新しており、虐待問題は深刻の度を増している。

虐待の被害者は子どもばかりではない。特別養護老人ホームなど介護施設で一昨年度、職員による入居高齢者への虐待と確認された件数が三百件で、過去最多となった。厚労省が今月五日に発表した。被害者の七割は認知症だという。

人間社会は、弱肉強食の獣の世界とは違う。万人が持つ命の尊厳を守り、誰も置き去りにしない社会。そんな社会を心を鍛えながら築きたいものだ。

第四十八筆「歳寒の松柏」

〈純粋な液体は、揮発しない物質が溶け込めば溶け込むほど固体になる温度が低くなる〉。これは凝固点降下という熱力学の原理である。一年中、緑の葉っぱをつけている樹木は、この原理を実践しているのだという。

スギやマツ、ツバキ、モミ、キンモクセイ、ヒノキ科のヒノキ、サワラ…それにサカキやシキミ。昔の人は、冬の寒さに出会っても枯れない緑のままの樹木を〈永遠の命〉の象徴として崇めてきたが、これらの常緑樹は、葉っぱに糖分を増やし、冬の寒さをしのいでいるのである。

葉っぱが糖分を増やす意味は、砂糖を溶かしていない水と、砂糖を溶かした砂糖水とで、どちらが凍りにくいかを考えればわかる。砂糖水のほうが確かに凍りにくい。水は〇℃で凍るが一五%の砂糖水はマイナス一℃でも凍らない。糖分の量が増えれば増えるほど凍らない。凝固点降下の熱力学の原理である。

そういえば冬の寒さを通り越したダイコンやハクサイ、キャベツも甘い。糖分が増えて甘みが増したのである。寒じめホウレンソウや雪下ニンジンなどもこの熱力学の原理を活用して出荷していることで知られている。

常緑樹は、何の努力もしないで冬の寒さをしのいでいるのでない。人知れずきっちり努力をしているのである。

〈歳寒の松柏〉との言葉がある。歳寒は寒い冬を意味し、松柏はマツとヒノキなどの樹木をさす。寒い冬にも緑の葉っぱを保つ姿から、どんなに苦しい時にも、信念を貫き通すたとえとして使われる。常緑樹の努力。見習わなければならない。

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