お仁の一期一筆

第二十七筆「情報断食」

祈願や修行、あるいは病気治療などのため一定期間、食べ物を断つことを断食という。ロシアのボリショイサーカス、アメリカのリングリングサーカスと並び世界三大サーカスの一つといわれる木下大サーカス。年間百二十万人の動員を誇る同サーカス四代目社長・木下唯志さんは、断食で病を克服した人でもある。

公演中、空中ブランコから落下して頚椎を損傷し、さらに風邪をこじらせて死の淵を彷徨った大葉性肺炎が完治せず三年間、療養生活を送った木下社長。そんな中で藁にもすがる思いで通ったのが断食道場だったという。

一週間程の短期を四回、一か月の長期を二回体験した。主な食は葛湯。食を断つことで自然治癒力が高まるともいわれる断食。木下社長は「六回目の断食で病がピタリと治った」と、何度かご一緒した際に話されていた。現在六十五歳。創業百十三年の今年も世界サーカス連盟理事などの激職もこなしている。

断食という言葉でも作家の藤原智美さんは、三か月に一回ほど三日間の〈情報断食〉を続けているそうだ。新聞記事で知った。パソコン、スマホ、テレビといった情報装置から離れ、情報の洪水や人工的な刺激から逃れて我を取り戻すのだという。

外から情報や刺激がないと、気分が楽になり、時に内省的にもなれる。同時に頭と心がリフレッシュする効果も大きいという。情報量は人が処理できる量をはるかに超えている現代社会。情報断食で心身をリセットするのも一考だ。我にできるのは三日間の断酒ぐらいだろうが、無理のようだ。

第二十八筆「頑迷固陋の毒舌」

柔軟に進化する最強老人の宣言をしておきながら、時には頑迷固陋の変人と化すのも我である。本来備わっていた頑固爺の魂にスイッチが入り、我ながら始末に負えない時もある。

戦後七十年。わずか七十年程前の戦前は列強と覇を争うなかで、敵国の本を手にしているだけで非国民と言われ、英語を話すことなどは言語道断だという風潮があった。ところが今日の空気はまったくの逆転である。グローバルな経済競争に勝つためには、国民をあげて英語を話せるようにしなければならない、というのである。

英語を話すなど言語道断だと言いながら、今度は英語が話せないのは言語道断だとのたまう。七十年という時が長いのか短いのかは別にして、こうした時代の空気にただただ押し流されていく軽佻浮薄な我を含む国民性に腹が立つのである。

また一年程前の東京オリンピック招致のプレゼンテーションにケチを付けるわけではないが、あの「お・も・て・な・し」と言う言葉を聞いた瞬間に脳裏をよぎったのは「表はないが、裏がある」のか、という思いだった。まったく嫌な性格である。

〈おもてなしの心〉は、日本人が持つ〈無私の心〉が育んだおくゆかしさであり、声を大にして言うものではない…。

そんな思いもあっての反応だったが、その後の主会場の設計変更、エンブレム騒動などをみると、やはり裏があった?のである。確かに裏も表もあるのが世の現実だが、みっともない裏舞台である。時代の流れに棹差す頑迷固陋の変人の毒舌。時には聞いてほしい。

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