お仁の一期一筆

第七筆「臍探し」

臍探しを心がけている。薫風の街中で腹を露出して闊歩する乙女たちの臍を観察しているわけでもないし、腹の中央にある他人様の臍の緒の取れた跡に興味があるわけでもない。コピーライター岡本欣也さんの言葉を借りれば〈ど真ん中の価値探し〉ということである。

ちなみに、地理的な〈日本のへそ〉は、兵庫県西脇市だという。我が国の中心地点となる東経一三五度、北緯三五度の交差点に位置していることから、同市では〈日本のへそ〉を内外にアピールするとともに、日本のへそ公園の整備や日本のへそ公園駅開業など臍を臍にしたユニークな街づくりを展開中だ。

また、北海道のへそ・富良野市や福島県のへそ・本宮市、日本列島の中心を名乗る栃木県佐野市など臍が縁となった全国八市町村による全国へそのまち協議会の設立や古代世界の中心を示す<へそ石>があるギリシャのデルフィとの交流などにも取り組んでいる。

こうした地勢的な側面での臍探しも楽しいが、もっと身近に日常楽しめるのが企業や人などの臍探しである。わかりやすく、ひと言で言えて、それがないとすべてが台無しになってしまう〈ど真ん中の価値〉探しである。

電車に乗ればJR東日本の臍を考えてみる。勤務先や取引先、経営者であれば己の会社の〈ど真ん中の価値〉を再確認する。「モノ」や「コト」の本質を射抜く鍛錬を重ねる。我が臍探しの術である。

とは言え臍下丹田に力を込めた途端、臍のゴマが浮き上がる程度の臍探し論。「へ~そ~」で留め置いてもらいたい。(仁)

第八筆「齢の悪あがき」

加齢に伴う身体の不具合はすべて病気。齢を重ねた多くの人は老人より病人になりたがる。なぜだろうか。病は引き返す見込みが残されているが、老いは進行するだけで引き返す見込みがなく、その先には<死>が待ち構えているからである。

ごく最近、そのなりたくない老人のレッテルを貼られてしまった。皮膚科でのことである。眉間の下の鼻の付け根で成長した<疣>の病名がそれだ。「これは老人性疣です」という医師に「単なる疣では」と食い下がったが「老人性疣ですよ。悪性の肉腫ではありませんから大丈夫です」。良性との見立てに内心ほっとしながらも、<老人性>という病名には正直、今も抵抗感を持っている。

疣を液体窒素で低温やけどさせ、できた瘡蓋を順次はがす治療だが、完治までには約一か月と診断されている。顔のど真ん中の一円玉大の瘡蓋。鏡を見ない限り自分には見えないが、幸いにも眼鏡のブリッジとパッドでカムフラージュされていることもあってか、ひと様に極端な不快な思いをさせていないのが救いでもある。

それにしても、己の老いを自覚せず、自分を実際より若い年齢と思い込んでいる我にも苦笑する。〈人知れず老いたかなや夜をこめてわが臀も冷ゆるこのごろ〉。斉藤茂吉六十三歳の歌である。〈みづからの落度などとはおもふなよわが細胞は刻々死するを〉。これも茂吉が詠んだものである。

老いを痛切に自覚し、老いとしっかり向き合った茂吉に見習うべき我が齢。ただ暫くは悪あがきも楽しみたいと思う。(仁)


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