お仁の一期一筆

第一筆「貧困と不条理な現実」

インドでは、死にかけている男の子が「あなたの幸せを願っています」と言ってくれた。私たちは死ぬ時に、そんなことまで言えるだろうか。

三十年以上にわたり国連児童基金(UNICEF)親善大使の活動を続けてきた女優であり、司会者である黒柳徹子さんが、読売新聞の「戦後七〇年想う」で語っていた。

「あなたの幸せを願っています」。死に際である。我には言える自信がない。男の子にひざまずき、教えを請いたい気持ちになった。

ルワンダ虐殺で逃げてきた子どもたちは、多くが両親の死を言うことを聞かなかった自分のせいだと思い続けながら、たどり着いた難民キャンプでコレラに罹り、隔離された貨車で圧死し、クレーンで捨てられていたという。むごい現実だ。

最貧国のハイチで六グールド(四十二円)で売春していた小学生ぐらいの女の子は、エイズを心配する黒柳さんに「エイズになっても何年かは生きられるが、私の家は明日食べるものがないの」と話したそうだ。

悲惨な現実と貧困。不条理である。想像もできない体験をしながらも人に優しい思いを馳せる純粋な心。そして生きようとする強さ。この子どもたちに、人本来の姿を教えられる。

翻ってモノが溢れる豊かな日本社会。諺に<衣食足りて栄辱を知る><衣食足りて礼節を知る>などとある。生活が豊かになって恥や外聞に気を配ったり、礼儀や節度をわきまえるようになったのだろうか。人への無関心など人間の劣化が気になる昨今でもある。 (仁)

第二筆「燗酒と独酌の真髄」

好きなのは「いい女だなあ」と感じる酒である。一度言ってみたい酒飲みの台詞だ。日本酒の燗ほど、表情が豊かに表れる酒はない。燗をすると腰が抜けてしまう酒もあるし、雄弁に語り始める酒もある。一本調子な単純な酒もある。

「この酒はどうだ」との問いに「むっつり助平」と答えた男がこの春、自宅のある広島に戻ることになった。居酒屋で何度か顔を合わせたことから、<さしつ、さされつ>の間柄となった男だが、妙に気が合った燗酒仲間である。

「月に一度は東京に出てくるよ」とは言うが、そのうち二か月に一度、半年に一度になるだろう。<男の酒の嬉しさは/たちまちかよう意気と熱…>。互いに「一献歌」を静かに口ずさみながら盃を重ねた。店を出ると散り始めた桜の花びらが、路上を埋めていた。

<男の酒の嬉しさは/たちまちかよう意気と熱…>。互いに「一献歌」を静かに口ずさみながら盃を重ねた。店を出ると散り始めた桜の花びらが、路上を埋めていた。

燗酒党になったのは還暦前後からである。夏も超熱燗という会社の先輩の推奨もあったが、お陰で間が持たなかった居酒屋のひとり酒も楽しめるようになった。徳利から盃に注ぎ、その手を盃に持ち替えて一口呑む。肴を一口つまみ、また徳利へと手酌のリズムも楽しめる。

ときどき自分を見つめることも大切だ。喋る必要のない静けさ漂う店でもいいし、賑やかな店の片隅でもいい。初めは手酌の燗酒で自分と語らう。徳利二本、三本となるとそれも面倒になる。無念無想。

満たした盃にひとひらの桜花が浮かんだような気がして我に返る。手には盃。こうなれば、最高の境地であろう。独酌の神髄を極めたくなってきた。 (仁)

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